赤ちゃん対応アプリを起動すると自分アプリが動かない~生後三か月の一日のスケジュール

わたしたちの一日のスケジュールは、七時半に起きて、着替えをして顔を洗って、身支度をします。

化粧水を含ませたコットンで顔をはたいていると、にゃーにゃがこっちをじっと見るので、拭いてやると、キャーと言ってにぱっと笑います。

それから、わたしは食事を作り、洗濯機を回して、保育園の支度をします。

おむつに名前を書いてガーゼを入れて、連絡帳を書いて、その間にパートナーは仕事をして、食事を食べて皿を洗って洗濯物を畳みます。

そうこうしている間に、ミルクの時間が来るので、わたしは母乳をやり、彼はミルクをやります。おむつを替えると時間になっているので、パートナーがにゃーにゃんに靴下を穿かせます。そうすると、保育園に行くことが分かって、赤ちゃんは大喜び。

足をバタバタさせて手も動かして、嬉しそうな声を出します。へーう。あー。

 

赤ちゃんを送りに彼が出ていくので、わたしは床をウエットのシートできれいにし、ガスレンジを磨いて、流しとテーブルを拭いて、洗濯物を干します。

空気の入れ替えをしてから、化粧をすると、彼が帰ってきます。彼が結露を拭きます。

(昨日まではわたしがやっていました)

それから彼は仕事をして、わたしはぼーっとしたり、何か見たり、読んだり、考え事をします。

今日の場合はケア会議があって、保健師さんも同席しました。

子育ての様子と産後の様子を事業所に伝えてもらうためです。

お昼ご飯は、彼が用意することが多いです。

ヘルパーさんが一時から二時半の間に来て、わたしは手伝ったり、パソコンを触ったりします。体調がいいので起きていましたが、起きていないで、やってほしいことを伝えるだけの日もあります。今日は新しい人でした。

 

三時になると、赤ちゃんを彼が迎えに行って、帰ってきてからすぐに三人でお風呂に入ります。

まず、わたしが入って体や頭を洗い、準備ができたら二人を呼んで、彼が赤ちゃんを洗い、わたしが浴槽に引き取って、それから彼が自分を洗います。

その間、浴槽で赤ちゃんと遊ばせます。最近は、浴槽の中をすいすい動かすと、足をバタバタして上手に壁をけります。

バトンタッチして、わたしが先に上がり、着替えて、赤ちゃんを受け取って、保湿して着替えさせます。それから、わたしは髪を乾かします。

しばらくすると、彼はお風呂を洗って出てきます。このときに、排水口の掃除もしてくれます。

ミルクをやって、泣くので、彼が仕事をしながら赤ちゃんを抱いています。そうこうしているうちに、塾のバイトがあるので、彼が出ていき、わたしは赤ちゃんと遊びます。

  • ざぶーん&うんにゃん体操(足をもって、おなかに足をくっつけたり、よじったり、あしをばたばたさせたりする。お通じが良くなる。だっこしているときは、わたしごと揺れる)
  • おててよいしょ(手をもって、持ち上げると頭がついてくる。そこをほめたたえると得意げな表情を見せる)
  • おてて、ててて(両手をもって、リズムをもって歌いながら動かす)
  • つなひき(細いバングルがあるので持たせて引っ張る)
  • がらがら(もたせたり、向ているほうと反対側で鳴らす)
  • いないいないばあ(三十秒くらい考えてから笑う)

 

(ですます調じゃなくなります)

 

疲れてくると泣くので、湯たんぽを入れて、布団に入れて、添い寝をして、手を握る。お話ししたがることもあるので、聞いたり、返事をしたりする。

激しく泣き始めたら、強く手をつかんで、五分間耐える。そうするとたいてい寝る。

それらが終わると七時になる。

それから、九時ころまでは自由時間で、何をしてもいいんだけど、なかなか何もできない。九時にミルク、おむつ。十二時にミルク、おむつ。朝四時にミルク、おむつ。朝七時半に起床。

 

定本育児の百科 (岩波文庫)〔全3冊セット〕

定本育児の百科 (岩波文庫)〔全3冊セット〕

 

 これを精神科医に勧められたので、該当するところを読む。

もしくは、たまに市で配られた「赤ちゃんのしおり」を読んで発育をチェックする。

とても面白い。特に育児の百科は、ずいぶん古い本なのに、内容が古びておらず、参考になると同時に、時代について考えさせられる。

でも、本も疲れてしまって通して読むことができない。

パートナーは、ハリーポッターを原書で読んだり、株の勉強をしたり、数学、化学、物理、日本史、世界史の勉強をしている。

わたしも、ネットの記事ばかりじゃなくて、本としてまとまったものを読んで知識として蓄えたいと思うけれど、なかなかうまくいかない。

 

forbesjapan.com

以前観た映画で、そのときは「あはは」と観て、ちょっと感動しただけだったけど、今思い出すと、彼女の状況は、わたしと同じだと思った。

わたしのパートナーはたまたまわたしを尊重してくれるけれど、それでもけんかはする。(わたしが一方的に怒る)

なぜかわからないけれど、母親をしているだけで、自尊心が減るときがある。

赤ちゃんの世話はとても楽しいし、かわいいのに、それなのに、とてもつらいときがあある。自分が減るような感じで、自分が成長していなくて、どんどん吸い取られているような気がしてくる。

実際には、育児を通していろいろなことを学んでいるんだけど、今までの自分が突然いなくなったような喪失感がある。今までの自分がいなくなることを好ましく思いながら、悲しいとも思う。この子に出会うために生きてきたんだ!と思いながら、必死で生き延びてきた自分が息をひそめて待っているような。

今まで育ててきた自分を一生懸命使いながら、新しい命を迎え撃っている。それに精いっぱいだ。預けているからまだ余裕があるけれど、それでも、疲れをとる以上のことができない。

 

自分のためだけに生きていた脳みそが、いきなり違う仕事を割り振られている感じ。

メモリを使う優先順位が変わった。

子育てアプリが立ち上がって、自分がバックグラウンドに下がっている感じ。

マルチタスクとか言って、いっぺんに複数のアプリを立てることはできても、人間がいっぺんに使えるのはしょせん、一つだけという感じ。

エクセル使いながら音楽は聴ける、なんならネットサーフィンしながらできたりもするんだけど、その瞬間の一人の人間が扱える情報は一つって感じで、それと同じで赤ちゃんの世話をしていると、切り替わっちゃって、赤ちゃん対応ソフトしか動かない。

赤ちゃん対応ソフトは毎日のようにバージョンアップしていくんだけど、自分は全然バージョンアップしない。誰も、メンテナンスしてくれない。アップデートは来ない。

 

OSだってソフトだって、メンテナンスしてくれるのに、わたしにはパッチを当ててくれる人がいない。いないというか、メンテナンスするのはわたししかいない。わたしが自分をケアしてメンテナンスしてバージョンをあげないといけないのに、その時間が細切れだからせつない。

 

だから、たまに自分ソフトを立ち上げようとしても、バージョンが古いのでうまく動きませんというメッセージが出てエラーになる。

 

このブログを書いている間にも、赤ちゃんが寂しいと呼ぶから手をつなぎに行って(赤ちゃん対応ソフト起動)、そして寝顔を見てほっぺたがつるつるしているなあと思ったりしながら、戻って、自分を立ち上げてブログを書く。同時に動かしているからバッテリーを食う。たぶんわたしはタブレットとかノートパソコンであって、デスクトップではないと思う。

なんならこの例えば、そもそもコンピュータが人間を簡単にしたものをモデルとして設計されているので、だいたい正しいはず。

 

 

自分の時間がないというのもあるんだけど、自分が枯れていくのは、自分をメンテナンスしてアップデートする時間がないからだと思う。

だからあの映画はいろいろな人の心を打った。

わたしは彼女の決断がよくわからなかったけど、赤ちゃん対応アプリや、夫対応アプリも、自分の一部だからなのかな?とちょっとわかるような気もしなくはない。

 

子供を産んでわかったのは、子供を産むまで、どうしても、恋愛についての比重が高くて、自分が若く魅力的なふりをしたい(それと地位と名誉と金がほしい。金は今でもほしい)と思っていたのが、どんどん年を取っているアピールが増えた。年を取っているアピールというと語弊があるかもしれない。

知恵を発揮する場面が多いので、若いことをアピールする必要がなくなった。

知恵は年齢や経験、洞察力と結びついている。若さは関係ない。

赤ちゃんを観察し、考える。そして、対処する。その繰り返しには、知恵が必要だ。だからか、今の知恵のあるわたしを評価されたいのであって、若いというのを評価されたいとは思わない(実際もうすごく若いとは言えない)。

知恵は評価されなくても、役に立つ。だから、評価は必要ないのかと思ったけれど、ほめられるということに、とてもわたしは飢えている。

たぶん、自分をアップデートするために必要なのだと思う。アップデートやメンテナンス。そのための学び、休息。

 

 

 

 

 

毒親の子が親になった

毒親の子が親になった

 

 長くなったのでまたこういう感じで本を書こうと思う。

この前書いた本をまた貼ります。しばらくずっと。

四か月検診&クリスマス前

四か月検診では無事成長が確認できました。

たくさんの赤ちゃんがいて、とてもハッピーでした。

三か月でも、周りの子が気になるらしく、にゃーちゃん(赤ちゃんのこと)は周りをきょろきょろ。

内診でもきゃっきゃとよく笑い、先生にも

「よく笑う子だねー」とのこと。

いつもお世話になっている保健師さんにも「よく来てくれました!」と歓迎されました。

 

今日はケア会議で、保健師さん、ケアマネさんが来て、ずっとにゃー選手のはなしに花が咲きました。

  • ヒップホップのkohhさんの歌を聞くと大興奮して暴れる。
  • ケーキを親が食べていると一緒にお口をもぐもぐする。
  • フォークをつかみたいとせがみ、代わりにとわたしたティースプーンだと不満をあらわにして、ちゃんと自分がほしいと思ったものと違うと主張できる。
  • わたしが自作したメリー(ダイソーのランドリーのやつにぬいぐるみなどを括り付けたものと、ハンドルカバーにクリスマスのオーナメントを括り付けて天井からつるしたもの)が大好きだということ。
  • 朝になると「お出かけしたい」と訴える。
  • 保育園の準備のために靴下をはかせるとにっこり笑って喜ぶ。
  • お出かけすると店員さんにもにっこりと笑いかける。
  • 店内のクリスマスの飾りをじっと見る。
  • 生後一か月からハンドサインをしてくれる。(手をぶんぶん⇔おなかすいた 手をまっすぐ伸ばす⇔怒っている 手を曲げて万歳する⇔満足 手を斜め前に突き出す⇔うれしい)
  • お出かけが大好き
  • 母のまねをしたがる(朝化粧水で顔をはたいていると自分もやってほしがる)
  • 母や父の動きをじっと見ている

という成長が見られたという話をしました。

また、ヘルパーさんと話しながらいろいろ家事をできていること、保育園に通わせて、最初は引き離されたように感じてさみしく、辞めたいと思ったけれど、最近は、赤ちゃん自身が保育園をとても楽しみにしていて、たくさん遊んでもらっている結果、体力もつき、情緒も安定して、すくすく成長しているから、預けてよかったと思っているということ。

生後二か月から預け始めましたが、預けてから、しっかりして、寝つきもよくなりました。

泣き始めるまでは絶対に寝ないけれど、泣いてから、手をつなぐと五分くらいですっと寝ます。泣かないうちに寝かしつけようとしても嫌がるけど、眠いと訴えてからはすぐ。

もちろん、ぎゃんなきすることもありますが、おおむねにこにこしていること、土日の様子から、保育園で、とても良く遊んでもらっていて、刺激もたくさん受けていて、ということがわかります。

 

精神科医にも言われましたが、依存先が少ないと、三角形になってしまうけれど、依存先が増えると、どんどん丸くなっていくということです。

保健師さんにも

「赤ちゃんはお母さんが育てるというより、いつか社会に羽ばたいていくから、社会が育てるんですよ」ということを言われました。

偏っていない人間はいないので、いろいろな人に支えられることによって、偏りが減るということでした。

 

足もよく動きますし、手も動かして、表情も豊かになって、接するのがますます楽しくなりました。

日中の負担が減ったので、より、体が楽です。

最初、疲れていることにも気づきませんでしたが、預けて一か月して、ようやく自分がどれだけ具合が悪かったのか、よくわかるようになりました。

こういう回復は、薄紙をはぐようにして、毎日少しずつ良くなるという感じです。

 

 

勉強ができていないことを焦っていましたが、精神科で、

「生活や、育児の勉強をしているんだよ」と言われて落ち着きました。

また、

「いろいろ書き残すことが大事ですよ。誰かが読んで助かったり、社会に影響がないわけじゃないんだから」と励ましてもらいました。

 

 本を書きました。

毒親の子が親になった

毒親の子が親になった

 

 

かっこいいよね。


KOHH - Real Love Official Video

赤ちゃん三か月目の疲労とメンタルの悪化

なんだか、眠れなくて、ベーグルを練っていました。

赤ちゃんは、すくすく育って、ゆびしゃぶりもできるし、起きたいときには伸びもするし、顔もこすります。

手をつないで遊ぶこともできるようになり、歌と一緒に足を動かしてあげると、にっこりしてくれることもあります。

声をあげて笑ってくれると、心が解けそうになります。

体は二倍、三倍と大きくなり、しっかりしました。

うつぶせにすることもできるようになりました。

うつぶせにすると、頭をあげて、誇らしそうな顔をします。

足を動かして、はいはいの練習もします。

 

夕方五時から、九時まで、寝ぐずりがひどいので、あらゆることを試します。

自作したメリーのモービルを動かす、オートスウィングのゆりかごに乗せる、寝かしつけようの音楽をかける、抱っこする、歌う、遊ぶ、体操する、なでる、とんとんする、足元に湯たんぽを入れる、添い寝をする、散歩をするなどです。

それでも、のけぞって暴れることもあります。

 

 

夕方は、おなかがすくらしく、日中は三時間おきのミルクですが、一時間おきに飲みます。

 

生後一か月半から、ミルクは180でしたが、今は母乳と合わせて120に落ち着きました。

母乳梨の時にも、180です。

何かで読んだところ、生後二か月が人生の中でもっとも成長するころらしいです。

 

表情は豊かになり、モノをつかんだり、よだれが出たり、こぶしをしゃぶったりと、成長目覚ましく、まぶしいような、さみしいような気持でいます。

 

鼻詰まりがひどいので、麺棒で撮っていましたが、加湿器を導入しました。

出費は痛かったですが、背に腹は代えられないです。

 

保育園に行って、ことに情緒面が成長しました。

わたしが微笑むと、にっこりと返してくれることも増えました。

そんなに急いで大きくならないでほしい気持ちもある一方で、できることが増える喜びもあります。

 

 

ときどき、母乳拒否をすることが、多少悩みですが、ミルクはたくさん飲むので、大きくなりさえすればオッケーと割り切ることにしています。

正直なところ、ショックはショックですが、おなかがすきすぎていない時には、飲んでくれることもあります。

結局、母乳かミルクかというのは、母親の満足にすぎないというのがわたしの考えなので、大きく、健康に育ってくれたら、どちらでもいいです。

 

とはいえ、わたしの持病である双極性障害が悪さをして、今はそう状態なので、眠れません。

親に会わせないなんてかわいそう、と友達に言われたことがきっかけで、パニックになり、そのまま、睡眠障害が悪化してしまいました。

体のこわばりをほぐすために、ストレッチをしていますが、難しいです。

メンタルの悪化に伴い、自分が嫌になって、崩れたフェイスラインや、体が、脅迫的に気になって、風邪をひいているというのに、過酷な筋トレをしてしまいます。

それなのに、おなかがすいて、おやつをやめることもできません。

赤ちゃんはかわいいのに、自己嫌悪で死にたくなります。

でも、死にません。赤ちゃんがいるから。

 

 

出産直前は、育てられるか心配でしたが、今は、赤ちゃんがいない生活は考えられません。

しかし、保育園が休みの日には、アトピーも、メンタルも悪化するので、さみしくはありますが、預けることが正解のようです。

ASDにモラハラはおもいつかない

ASDモラハラをしようと思ってすることはかなり難しいと思います。

結果的に、気が回らない、感謝の言葉を言わない、そういうことは起き得ますが、相手を傷つけようと思ってモラルハラスメントをする能力がない、それがASDだと思います。

ASDにも屑はいますが、たぶん、同じくらい定型にも屑はいるはず。

カサンドラ症候群ということばが有名になって、ASD夫=モラハラ夫というイメージが付きやすくなったと思いますが、それは誤解だと思っています。

そもそも、相手の気持ちを予測して、相手が嫌がること、自尊心が減ることをできるなら、ASDじゃないわけで……。

たとえば、最近だと「義理の実家の人に失礼なことを言われて、こう言い返してやった!というのがバズるけれど、どうしてそもそも失礼な人を言う人と付き合うんだろうか」ということがわたしには全く分かりません。

配偶者が自分の親に親切にすることは、邪魔しないとしても、自分と全く関係のない人に、「嫁」と見くびられて失礼なことをされたり、意地悪をされたなら、二度と会わなくていいですよね。

そういう人たちが、いざというときに助けてくれる可能性はゼロです。

親戚づきあいだって同じです。昔は、お互いに助け合ったのかもしれないけれど、わたしの昔気質のはずの親戚は、わたしが困ったときに見て見ぬふりをしてました。

だいたい、どこにでもいる「いやなやつ」がたまたま親だったり、たまたま義理の実家の人だったりする可能性はすごく多いわけで、そういう人からは逃げるのに、どうして、配偶者の親からは立ち去らないのかさっぱりわかりません。

というわたしの考えは、おそらく、ASDっぽい。

でも、この考えは、「相手と付き合わない」というだけであって、あえて、攻撃はしません。

ASDが、攻撃的にならないとは言いませんが、基本的には、受動的であって、言われたことをする、言われたこと以上はしない、というのが特徴なはずです。

だから、「感謝の言葉」というのが、そのASDの人生に組み込まれていなかったら、それを言えるはずはないですが、そこには他意はないです。

(理屈っぽいASDもいるだろうし、女性差別的なASDもいるはずだから、お金にならない労働をする妻を責めるというパターンはもちろんあるだろうとは思います)

 

 

わたしは、ASD「だから」人の心がわからない、ASD「だから」人の心がわからないからひどいことをする、というのは偏見だと思います。

もしも、そう見えるとしても、わたしにはわたしの心があって、理由があります。

義理の実家と一切付き合わない、というのは「冷たい」ように見えるかもしれませんが、身を守る手段なのかもしれません。

ASDとつきあうと、疲れるという人もいました。

でも、こちらからすると、定型発達と付き合うと「疲れ」ます。

わたしたちは人数が少ないので、人数が多い側の人が、「ASDと話すと疲れる」という風に言われると、属性による差別が起きてしまいます。

ASDも一人の人間です。

悲しいもわかります。傷つくこともあります。

ASDだから、「モラハラ」する、ASDだから、「暗黙の了解が分からない」ので人の嫌がることをする、という言い方をする前に、その慣習が本当に正しいのか、その観測に偏見はないのか、点検してほしいと思います。

わたしたちだって、傷つくのです。

その傷ついたときの表現方法が、大多数の人と違うから、まるで心がないように思われますが、心がないと言われる意味も理解できますし、深く傷つき、悲しみ、時によっては死にます。

自分の親には妊娠したこと自体を伝えてない

ときどき、自分の親がかわいそうになる。

一人寂しく暮らしているんだろうなとか、優しい時もあったよなあとか。

でも、わたしにしたことはひどいことで、ひどいことをしたら、普通、疎遠にされる。

親だと、疎遠にしない人もいるみたいだけど、失礼な人とは、誰であっても距離を取ることが、わたしの健康には大切なことだ。

わたしの健康は、赤ちゃんの幸せにも直結するから、親が孫に会えないのは、自業自得だ。

よく、義実家の人が失礼なことをするという愚痴をネットで見るけれど、本当に不思議で仕方がない。

失礼ならば、二度と会わなければいいのに。

配偶者が、自分の親を大事にすることは邪魔しないにしても、自分は、関係がないのだから、関わらないことにしたらいいと思う。

関わらないようにするのにも、エネルギーはいるけれど、もともと、失礼なことを、自分が偉いと勘違いして、他人を侮るんだから、そういう人は、人生から退場してもらえばいいのになと思う。

定型発達の人は、人間関係がうまいイメージがあるけれど、しがらみについては、あまりドライにはなるのが苦手なんだなと思った。

わたしは、自分の親だろうとパートナーの親だろうと、どうせ、失礼なことをした人は、いざというときにも助けてくれないし、こちらが助けたとしても、感謝一つしてもらえないのだから、関係ないということにしている。

見返りがないからという理由じゃなくて、消耗することも、人生の貴重な時間を、どうでもいい人に割くことが嫌だ。

保育園一週間目

保育園に一週間預けて、だいぶリズムがつかめてきた。

子供が保育園に行くと、留守の間、眠くて仕方がない。

ずっと寝てしまう。

疲れがたまっているけれど、気が張っていて感じないようになっているんだなあと思った。

今までは、機嫌の悪い時にあやすことが精いっぱいだったけど、機嫌のいい時に遊ぶ余裕が出てきた。

そうしたら、みるみるうちに、表情が豊かになり、たくさん声を出してくれて、笑顔も増えて、声を出して笑ってくれる回数も増えた。

首も座ってきて、もともと、周りの景色を見ることが大好きで、いつものけぞりながら抱かれていたけれど、それにも拍車がかかっている。

夕方になると、ひどくぐずるけれど、外へ散歩に行くと機嫌が直る。

ミルクの量も増えてきた。

一人遊びをして、楽しそうな様子を見ると幸せな気持ちになる。

物をつかむのが上手になり、たこのあみぐるみや、セーターをつかむこともできるようになった。

手足もよく動かす。筋肉質だ。

今日は、予防接種に行った。注射よりも、体を押さえつけられたことが不満みたいだった。

病院ではほとんど眠っていた。病院はとても暖かかったので、もしかしたら、家の暖房の温度が低いのかなと思って、今日は上げてみた。

躁鬱が激しいので、走って鍋を磨いた

躁鬱が激しく、昨夜は、三時まで眠れませんでした。

お金を使った後は興奮してしまいます。

かといって、使わないとストレスがたまるので、難しい。

わたしは、調子が悪くなると、「デブス」だから「死にたい」と思い始めるのが、鬱とそう状態の切り替わりサインです。

だから、おとといから、五分だけ走るということを始めました。

今日もしました。五分というのは、走るのが嫌いなので、ハードルを低くしたいということからです。

対syが上がったり、ストレスあっさんの効果を狙っています。

今朝は朝食を食べたら走って、シャワーを浴びて、それから鍋を洗いました。

鍋を洗うと無心になります。

昨夜は、八時から三時まで編み物をしました。

赤ちゃん用の帽子、スヌード、セーター。セーターはまだ途中ですが。

クオリティは低いのですが、下手の横好きですし、気がまぎれればそれでよいのです。

 

赤ちゃんをうつぶせにしたら、首を持ち上げました。

今までもそれらしい動きはしていたのですが、とうとう、完ぺきに。

嬉しいのですが、こんなに早く成長することが、さみしく感じます。

足の裏までかわいいので、いつまでも赤ちゃんでいてほしいと、ちょっと思ってしまいます。

 

体力がついて、ぐずりも、とれたての魚みたいに暴れるので、思い切って散歩に行って、管理人さんと話したり、二時間力いっぱい遊んだりしました。

 

 

うんにゃん体操となづけた、便通をよくする遊びをすると、かなりの確率でちゃんと便通がよくなります。

体の部分の名前を連呼しながら触るだけでも、天井につるしたきらきらしたボールを回すだけでも、結構楽しんでくれるみたいです。

いろいろ工夫したい。