よしもとばなな先生

高校生のときに、よしもとばなな先生の本を延々と読んでいた。


家族はめちゃくちゃで、破綻していて、離婚していない父は愛人との子供を作ったと知ったし、妹は家を出た。
母は気に入らないことがあれば、すぐ寝込んだり、家出をしたりしていたし、赤ちゃん言葉でわたしに話しかけたり、着替えを覗きに来た。
生理用ナプキンの使う量が多すぎる、その洋服は返品しなさい、ブラジャーは買わないし、パンツも子供用のものしか許されなかった。


同級生とのどうにもならないトラブルがあり、また、血液の状態が悪く、検査を毎月していた。
子宮内膜症で、病院に通う必要があったが、恥をかくのはお前だと言われて、高速バスで三時間のところに通った。
病院院代も、交通費も母からはもらえなかった。


とにかく、めちゃめちゃだった。
すべてを秘密にしろと言われて、素直に守っていた。


進路に関して、父と母は綱引きしていた。
どちらの要望に応えても、どうにもならなそうだった。

父はわたしに家業を継がせたがっていた。母はそれに反対だった。
お金は父が出すし、母と生活していたし、どちらに従っても居心地は悪くなる。


熱が何週間も下がらず、点滴をして、下げながら学校に通っていた。


具合が悪いとき、よしもとばなな村上春樹だと読めた。


国語の先生は顔をしかめた。


わたしは中学生の頃まで、やたら難しい本を読んでいた。
だから、読む力があるのに、そんな分かりやすくつまらなく読みやすいものに流れるなんて、みたいなニュアンスだった。



わたしは自分の力でどうにもならないことばかりで、勉強と読書以外に現実から逃げるすべがなかったあの頃に、よしもとばなな村上春樹を読めて、本当によかった。


今日もよしもとばなな先生の本を読んでいる。
すごく久しぶりに。

体調が悪くても、よしもとばなな先生の本はなぜか読める。

それはいろいろな場所へわたしを連れていく。

ここではない、どこか。
わたしではない、わたし。

惨めだったわたしは、惨めという言葉も持たずに、様々な家族の形や、土地や、人、心をよしもとばなな先生の本から知ったのだった。
それは希望だった。