人生は幸せになるためにある=典型的日本人男性の問題

いつ、仕事に復帰するか、同僚のアメリカ人に聞かれた。

産後二か月くらいしたら、復帰すると答えた。

家にいて、赤ちゃんとだけ過ごすと、大人と話したくなるだろうし、気分転換が必要だ。

わたしは、自分が幸せで過ごすことが一番大事なのだ。

ということを話した。

彼の友人夫婦は、「男は仕事だけをする」「女は家事育児、そして、会社」という組み合わせが多く、妻の訴えを夫が聞かないらしい。

いわく、妻のほうが家事も育児もうまい。

彼は、子育ては、mother's jobではなく、family's job だといった。

典型的日本人男性が、趣味もせず、子供ともかかわらず、ただ、仕事に行って帰る人生を送っていることが、不思議でならないらしい。

だから、わたしのパートナーについて、「いいやつを見つけられた、よかったね」と言ってくれる。

わたしから見ると、典型的日本人男性は、自分の喜怒哀楽を遠くにおいて、うっすらとしか感じないように、わざわざしているように見える。仕事ばかりして、それは刺激のある人生かもしれないが、それは生きているとは、言えないと思う。

大事なのは、大きなことをすることじゃなくて、おいしいものを食べたり、きれいな景色を見たり、花をきれいだと思ったり、トイレットペーパーを補充したり、皿を洗ったり、そうして、一緒に苦楽を共にすることで、夫婦の愛情をより塾k生することなんだと思う。

わたしたちは、一年たって、より、いい夫婦になった。

いい関係で、本当に幸せだ。

彼の苦手なこと、わたしが苦手なことが、少しずつ分かってきて、自然に補うことができている。

そういうことが本乙に幸せで、いたわり合うと甘い気持ちになる。彼は、典型的日本人じゃない。

わたしが、ブログに書いた、わたしの苦しみを受信して、それを宝物のように大事にしてくれた。

そして、お礼に、わたしに対して、愛情を送ってくれた。わたしにとって、わたしの苦しみは、ごみ以下だったけど、それを発信したことで、彼の宝物に変わったのだ。

誰かがどれだけ優れた人でも、それを受け取る人がいなければ、価値がない。

逆に言うと、どれだけつまらなそうに見える人間でも、それをほしいと思う人がいたら、それは宝物になり、お礼にいいものを送り合える。

そうしたことが、人生を幸せにする。

短径的日本人男性は、そういうことを学ぶきっかけを避けるように育てられているから気の毒だ。