自分の乳首が好きだった。

このコラムを読んで、「自分の乳首が好きだったな」と思った。

妊娠して、乳首が、大きくなり、黒くなった。

わたしの乳首は、乳輪が小さく、ピンクで、かなり、好きだと思っていた。

でも、もう、今はない。

似たようなことで、体の変化に喪失感を感じることはよくある。

わたしは、アトピーがあって、体中に傷がある。

もう、治らない跡もある。

そして、数万人に一人の割合である、シミが無数にできる、という遺伝の病気もある。

だから、わたしには、シミがたくさんある。レーザーでは消えないらしい。将来には、わからないけれども。

最初、とても悲しかった。それを家族に言われて、シミを作らないように、夏でも長袖を着ろ、そして、隠せ、色が白いほうがいいといわれたことが苦痛だった。

ナチュラルなものやスピリチュアルや、健康関係の商売をしている人に会うと、心を削れるようなことを言われる。最終的に商売にするためだ。

 

でも、わたしのシミは、悪影響のあるものじゃない。また、モザイク型といって、人に「病気だから警戒しないといけない」と思われやすい種類の見た目じゃない。

 

だから、ほとんどの人は、気にしない。気づいても、日焼けしやすいんだな、と思う人のほうが普通だ。

だから、だんだん気にしなくなってきた。

カメラマンに「シミはその人の風合いですよ」と言われたことも大きい。それから、ポジティブに思えるようになった。つるつるの白い紙じゃなくて、風合いのある紙だって好きだ。布でも、生成りのものを使うことある。

わたしの傷や、体形、そういうものを「生きてきた証であり勲章」と思ってもらえる人だけと、関わるためのフィルターにして、そして、そういうものを美しいと感じて、それをわたしに伝える人とだけ関わろうと思うようになった。

そういう価値観の中で生きたいから。

でも、急激な体の変形のたびに、喪失感に襲われるのは否めない。

ただ、わたしは、今、懸命に、体の中の他人を育てていて、そのために、無茶をたくさんしてくれている。

先生の言う通りの体重管理はなかなかできないけど、そのために、無痛分娩の実現が難しいらしいけど、それでも、今まで胎児を殺さないように、過ごせてきた。

さよなら、わたしの乳首。

こんにちは、新しい赤ちゃんのための乳首。

毎日、わたしは、血を、乳に変えて、赤ちゃんの食べ物になる。

時間も体力も精神力も、与えることになる、新しい他人よ。

この世に引きずり出すことに、ためらいがないわけじゃないけれど、わたしはあなたにとても会いたい。

だから、わたしは、わたしの今までの体にサヨナラして、その代わり、新しいあなたに会うよ。

わたしは、自分の乳首を好きだった。

思春期前の、平らな胸、点みたいな乳首とお別れするときも、悲しかった。

でも、乗り越えた。

今度も乗り越えられると思う。

新しい乳首や、新しい体、新しい顔を好きになれるといい。

そのために、わたしは、他人を必要とする。