生後二週間目の新生児育児

そろそろ、両親ともに限界が来ていて、特に、父親である六帖さんの行動がおかしい。

オーブンで焼いてね、予熱してね、と言ったものを「魚焼きグリル」で焼いたり、段差で転んだり、細かい話が通じなくなったりして、「ぴーがー」って感じで壊れてきた。

授乳を半分で分けると、一日四時間が消費される。

それをカバーするために、彼は「朝七時から仕事を開始して、五時から九時までバイト(もともと私の代わりに入ったが今では主力になり週五回)、その合間に家事、休憩一日の中で一時間から二時間(朝昼晩ご飯の時間込み)、夜十二時まで仕事」というスケジュールになってしまった。趣味のピアノもランニングもできていない……。

 

わたしはというと、慣れない母乳を出すことで、体がどんどんしんどくなり、理由不明の頭痛、世話による背中、腰、手首の痛み、そして、鬱!がやってきた。

近頃、体が動かない、食べられない、無性にイライラする、と思っていたが、鬱じゃないのか?

と思っていたら、今日は躁転したのか、食事作り、洗濯、床拭き、六帖さんの髪を切る、など、いろいろ動いてしまった。

 

 

月末に、行政の人と相談して、どうにかすることにする。

ちょっと、わたしたちは壊れ始めている。

 

わたしたちは、六帖さんが在宅勤務のため、さらっと話すと、大丈夫でしょう、と言われてしまうので、彼も障害を持っているし、たくさん働いているので、そんなには家事はできない、ということを言わないといけない。

在宅だと、仕事してないも同然に思われるのはなんでなんだ。

通勤時間がないだけで、ほかは同じなのだ。

通勤時間がないだけで、二時間のロスははじけるけど。

 

 

わたしたちは、一日に何をしたかメモして、何に時間がどのくらいかかるのか、計測してみた。軽くだけど。

やっぱり、授乳が一番時間がかかる。

 

 

 

赤ちゃんも泣いたら放っておこうと思ったけど、うるさいので、ほうっておけない。だんだん音量が上がっていくし。

 

それでも、赤ちゃんはまとめて飲んでくれ、まとめて三時間寝てくれるので、一回変わってもらえれば、六時間休めることもあるのだから、ほかの人よりもずいぶん恵まれているだろう。

 

そうじゃないことももちろんある。

昨夜は、一時から三時半までぐずっていた。

理由がわかるときもあれば、わからない時もある。

そういうときはしんどい。

食が細く、まとまって眠らない子の親御さんはさぞかししんどいことだろう。

だいたい、二十四時間交代で、起きている日と起きていない日がある。

昨日は二十四時間起きていることが多かったので、今日は、赤ちゃんが眠ってくれているので、わたしたちは、ずいぶんと育児以外のことができた。

 

休息をとりたいだけじゃなくて、ほかのこともしたい。

家が散らかっていると暗い気持ちになるし、買い物にも行かないといけない。

 

 

しかし、育児に関する不幸なことが、起きる理由がわかるようになってきてしまった。

追い詰められて、思考が低下すると、小さい小さい赤ちゃんが、とっても大きく見えて、わたしを責め立てる存在に感じるときがある。

こんなにかわいいのに。

 

 

落ち着いて、体調がよく、心理状態も安定していると、泣いている姿もお地蔵様のように神々しく感じられるし、変な顔にも笑えるし、今日は哺乳瓶を支えるようになった、おっぱいを手で押さえることができたなど、こまごました成長を喜べる。

でも、そうじゃないと、何も目に入らない。機械的に、母乳を飲ませ、それでも泣いたら、調乳し、授乳し、それでも泣いたら、抱き続ける。

 

 

こんなことは、一年しか続かない、とは思っているので、本当に貴重で幸せな日々だけれど、余裕のなさが、幸せを奪ってしまう。

 

 

この時期は短いとわかっていても、「今」がつらいと、すべてを奪うことが理解できた。

 

 

楽しく育児をできる環境を、もっと、たくさんの人が得られたら……。

 

 

月末に、保健師さんと、行政の人が、やってくる。

そして、ケアマネさんに相談して、ヘルパーさんを増やしてもらうことも検討すべきだと言われてもいる。

 

 

住んでいる自治体で、どんなことをしてもらえるのか、知っておくことが本当に大切だと感じる。わたしの住んでいるところは、行政から、こういうサービスや事業がありますと、パンフレットや、説明をしてくれるから、すぐにつながれた。

こういう試みが当たり前になれば、いいのにな……。

 

 

ところで、背中が痛いので、毎日一時間体操をしています。

六帖さんはしていなかったので、手伝ってしました。