乳児院について

乳児院(いわゆる施設)について説明を受けました。

乳児院に子供を預けるには、役所に行って書類を書いてから、当日施設に連れていきます。

衣類や、ミルク、おむつなども、施設で用意してもらえます。

大切なのは、預けることは、責任を果たすことだということです。

 

書類を書いた時点で、親として、保護者として、適切なことをした、ということです。

決して、無責任でもなければ、育児放棄でもないです。

乳児院に預けることによって、子供の健康や安全が保護されるということです。

児相’(児童相談所)に相談するのも同じことです。相談したり、助けを求めたり、預けたりすることは、子供のためになることです。

 

わたしは一度、追い詰められて、子供を危険にさらすことを考えました。

でも、実行はせず、助産師さんに相談しました。そして、行政につながり、保育園に預けることになりました。そういう風に、わたしの危険から、子供は守られました。

わたしが危険にさらしそうになった一方で、わたしから子供を守ったのはわたし自身でもあったわけです。

 

 

そういうことを、役所の担当の人に言われました。

 

わたしたちは血縁の支援を頼れない家庭です。だけどほかに頼るものを探すことができました。

 

親としては、預けることにためらいがあったり、悲しかったり、さみしかったりするかもしれません。時によって挫折感や、申し訳なさもあるかもしれません。

でも、保育士さんたちはプロです。

保育所も、乳児院も、そのほかの施設も、子供の安全を考えられた、保育を支援するための施設です。

子供にとって良い場所です。

 

感情的な問題はあります。でも、肉体的、精神的に、満ち足りた状態でこそ、親や保護者、子供も、感情的にも健やかにいられます。

 

 

今まで、わたしも仕事を通して、お母さんとしか話せない子、試し行動をする子などを見てきました。

短い時間でも、有効に過ごせるように、一つでも何か得て帰ってもらえるようにと、考えながら勉強を教えました。

わたしは偏見を持たないように努力をしていました。でも、どこか納得がいかない部分があったので、努力がいりました。

でも、役所の人が

「そういう風に、家庭の外に出していくのはお母さんも子供も頑張っている。子供のうちに、外に出ていくようにしているんだから」と言っていました。

わたしという他人の目に触れる場所に、子供を連れていくこと自体が、立派なことなんだということです。わたしはそれを聞くまで、「困った子」と思っていました。

困った子だから、困った部分を手伝おうとは思っていましたが、困った子だとは思っていました。

でも、そうじゃなくて、その子たちは、家族や家庭の外に一歩、頑張って踏み出した子なんだとわかりました。

わたしは、これからは、困った子じゃなくて、「困った部分を持つけれど、それでもなお、頑張って一歩踏み出した子」という視点を忘れないように、ときどき思い出せればいいと思いました。

保護者や、子供に、敬意を持つことが大事だということです。

 

 

翻れば、自分自身も、もし、そういう立場になったとしたら、自分を困った親だと考えないで、困っているけれど、周りに助けを求めている親、という風に考えられるなと思いました。

 

 

他人に対して、想像力を持つということは、自分に対しても、想像力を持つということです。